重度叢生の非抜歯ハーフリンガルでの治療

症例概要

本症例は、重度の叢生および上下顎正中線の不一致を主訴とする患者様に対し、ハーフリンガル矯正装置(上顎舌側・下顎唇側)を使用した非抜歯治療を行いました。
AngleⅢ級臼歯関係を呈していましたが、側貌が良好であったため、下顎大臼歯の遠心移動によりⅠ級臼歯関係を確立する治療計画を採用しました。
上顎大臼歯の固定源としてi-stationを使用し、Ⅲ級顎間ゴムにより下顎大臼歯を遠心移動させる治療メカニクスを構築しました。

治療期間:1年10ヶ月

院長 谷木俊夫

谷木院長による症例解説

患者情報と主訴

初診時年齢:37歳11ヶ月
居住地:大阪市内
主訴:歯列不正および上下顎正中線の不一致

診断と治療計画

診断所見

初診時の口腔内所見および側貌分析より、以下の所見が認められました。
・上下顎前歯部の重度叢生
・上下顎正中線の著しい不一致
・AngleⅢ級臼歯関係(下顎大臼歯の前方位)
・良好な側貌プロファイル
・下顎第三大臼歯(智歯)の萌出

治療方針

本症例の特徴は、重度の叢生とAngleⅢ級臼歯関係を有する一方で、側貌プロファイルが良好であるという点です。
一般的にⅢ級症例では小臼歯抜歯が必要となる場合が多いですが、本症例では側貌が良好であったため、非抜歯での治療が可能と判断いたしました。
そこで、以下の治療戦略を立案いたしました。
・非抜歯治療(下顎第三大臼歯のみ抜歯)
・下顎大臼歯の遠心移動によるⅠ級臼歯関係の確立
・Ⅲ級顎間ゴムを用いた下顎大臼歯の遠心移動
・上顎大臼歯のi-stationによる固定と圧下
・良好な側貌プロファイルの維持

大臼歯遠心移動の方法論

下顎大臼歯の遠心移動には、下顎第二大臼歯遠心部へのアンカースクリュー植立という選択肢も存在します。
しかし、本症例では以下の理由から、Ⅲ級顎間ゴムによる遠心移動を選択しました。
・下顎大臼歯の必要遠心移動量が比較的少量であったこと
・下顎第二大臼歯遠心部へのアンカースクリュー植立は、周囲軟組織の炎症リスクが高いこと
・上顎大臼歯をi-stationで確実に固定することで、Ⅲ級顎間ゴムによる効率的な遠心移動が可能であること

治療方法

抜歯部位

・下顎:左右第三大臼歯(8番、智歯)
※小臼歯は抜歯せず、非抜歯治療を実施

矯正装置

ハーフリンガル矯正装置を採用し、上顎は舌側矯正装置(リンガルブラケット)、下顎は唇側矯正装置(ラビアルブラケット)を使用しました。

上顎大臼歯の固定と圧下

本症例の治療成功の鍵は、Ⅲ級顎間ゴム使用時における上顎大臼歯の確実な固定と圧下です。
正中口蓋縫合部にi-station(歯科矯正用アンカースクリュー)を植立し、以下の二つの目的を達成しました。
・上顎大臼歯の固定:Ⅲ級顎間ゴムによる近心移動を防止し、下顎大臼歯遠心移動の確実な固定源として機能
・上顎大臼歯の圧下:Ⅲ級顎間ゴムによる挺出を防止し、下顎骨のクロックワイズローテーションを予防

Ⅲ級顎間ゴムによる下顎大臼歯の遠心移動

上顎大臼歯をi-stationで確実に固定した状態で、Ⅲ級顎間ゴム(上顎大臼歯と下顎犬歯部を結ぶゴム)を装着しました。
このゴムにより、下顎大臼歯に遠心方向への力が作用し、段階的に遠心移動を行いました。

治療期間・通院頻度

総治療期間:1年10ヶ月
通院頻度:月1回

リスクマネジメント

Ⅲ級顎間ゴムによる下顎大臼歯の遠心移動では、反作用として上顎大臼歯が挺出し、下顎骨がクロックワイズローテーション(時計回り回転)を起こすリスクが存在します。
下顎骨が時計回りに回転すると、下顔面高が増加し、いわゆる「面長」な顔貌形態となってしまいます。
本症例では、以下の戦略を採用することで、このリスクを最小化しました。
・i-stationによる上顎大臼歯の圧下:Ⅲ級顎間ゴムによる挺出力に対抗して、i-stationから圧下方向へ持続的に力を加えることで、上顎大臼歯の垂直的位置を維持
・上顎大臼歯の近心移動防止:i-stationによる固定により、Ⅲ級顎間ゴムの水平的な力による近心移動も同時に防止
・下顎骨回転の継続的評価:治療過程における下顎下縁平面角の変化をモニタリング
・側貌プロファイルの維持:定期的に側貌の変化を評価し、良好なプロファイルを保持
これらの緻密な垂直的コントロールにより、上顎大臼歯の挺出を防止し、下顎骨のクロックワイズローテーションを生じることなく、下顎大臼歯の遠心移動を達成することができました。

治療結果

上下顎前歯部の叢生は完全に改善され、上下顎正中線も一致しました。
また、下顎大臼歯の遠心移動により、AngleⅢ級臼歯関係からⅠ級臼歯関係へと改善し、機能的に優れた咬合状態を獲得することができました。
非抜歯治療により、治療前の良好な側貌プロファイルは維持され、患者様からも高い満足度をいただいております。

まとめ

本症例は、AngleⅢ級臼歯関係を呈する成人症例でありながら、側貌プロファイルが良好であったため、非抜歯治療を選択した症例です。
Ⅲ級症例における大臼歯の遠心移動では、下顎第二大臼歯遠心部へのアンカースクリュー植立が一般的ですが、本症例では移動量が少量であったこと、および軟組織の炎症リスクを考慮し、Ⅲ級顎間ゴムによる遠心移動を採用しました。
i-stationを用いた上顎大臼歯の固定と圧下により、下顎骨のクロックワイズローテーションを防止しながら、効率的に下顎大臼歯の遠心移動を達成できた症例です。

費用

総額:153万円(税込)
※分割払いをご利用いただけます(月々15,660円より)
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